読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自分の仕事を説明する、ということ

昨年から勉強会のようなものに参加させて頂いている。
勉強会は大学のゼミの同期の友人が立ち上げたもので、その同期に誘われて。
日本の某大手製造業の海外子会社社長だった方を講師として迎えて、20代の若手メンバーを集めて今後定期的に勉強会を開催するとのこと。

メンバーの所属企業は多種多様で、コンサルを筆頭に商社、メーカー、ITベンチャー、船会社、経営者・・・などなど。今日はアメリカの大学に留学している男の子も来た。
俺より2〜3個上の方々がコアメンバーで、俺以外みんな海外留学経験がある、という肩身の狭いメンバー構成。笑

そんなわけで当初から自信をなくしかけているわけだが、とりあえず「静岡にいる人」ということで認知をしてもらっているようだ。

実のところ、この勉強会には昨夏から参加させてもらっているのだけど、色々用事が重なり行けておらず、やっと今日参加ができた。(その間、勉強会自体も運良く(?)活動が止まっていて、今日はそのキックオフMTG的なものが開催された。)

 

夏の時点では、正直かなり自信を失っていた。
自分は一応「コンサル」と名乗っているけど、一般的な人がイメージするようなコンサルティング的仕事(リサーチや新規事業立案等)ではないため、「コンサルの〜」と紹介をされると余計に肩身が狭く感じる。

仕事に貴賎はないとはいえ、みんな大企業に勤めていたり、コンサル的な仕事をバリバリやっている人が多いので、自分の会社名を言うのも憚られるような気がするし、自信を持って自分の仕事について話ができない自分に苛立つ時もある。
ちゃんとした(大手の)コンサルティング企業に勤める人が複数いるので、その人たちの前で「コンサルです」と胸を張って言えないし、ましてや自分の仕事なんて・・・と思ってしまう。
やっぱり劣等感があるので、こういう経験をして「あ〜大手企業に行きたいな」とか、「もっとコンサル的プロジェクトにアサインされたいな」とか、現状に対する不満を垂れ流していた。

でも、勉強会の冒頭お互いの近況報告をする中で、みんなが「最近こういう仕事をやっていて〜」と自分の仕事についてはきはきと話をしている姿を見ていて、「ああ、もっと自信を持って自分のことを話していいんだな」と実感した。
周りの人は別に何も思っていない。単なる思い上がりなんだなあ、と。
特にこの集まりは海外留学経験者も多いので個人主義的な色は強い方だと思っていて、みんな忌憚なく意見を発するし、かつお互いを尊重し合う文化みたいなのもあるな、と今更気付いたりもした。

そして何より今日思ったのは、自分の仕事はやっぱり普通に人には分かりづらくて、その場しのぎで話すのではなく、ちゃんと組み立てて話をしないと伝わらないのだろうな、ということ。
当たり前のことなんだけど、今自分がやっていることをきちんとブレイクダウンして、より一般化して、みんなにわかってもらう話し方をしなければ、と実感した。
自分自身が今何をやっているのか言語化できないから、話せなくて余計に自信がなくて・・・という悪循環にどハマっていたんだと思うな。

その意味で、改めて自分の仕事に対してちゃんと真剣に向き合おうと思った。
色々思うことはあれど、もやもやすることはあれど、今自分がやっている仕事なのだし、ちゃんとやろう、と当たり前のことを思い直すのであった。

p.s. やっぱり、人と会わないと・・・静岡で内に篭っていてはダメだ。

読書記録:中川政七「日本の工芸を元気にする!」

 

日本の工芸を元気にする!

日本の工芸を元気にする!

 

転職した元同期に勧められたので、読んでみた本です。
「中川政七商店」の存在を全く知らず、正直最初は「なんか安易な店名だな」ぐらいに思ってしまったけれど、実際は創業300年の老舗の奈良晒のメーカー。
工芸品を取り扱うメーカーとしては日本初のSPA(製造小売業)として表参道ヒルズ東京ミッドタウンに店を構え、タイトルの通り「日本の工芸を元気にする」のミッションの元、日本各地の工芸品を取り扱う見本市を主催する、工芸品メーカーのコンサルティングを行うなど、その勢いは地域のいち中小メーカー・卸問屋に止まらない。

本書の冒頭、まず代表取締役社長であり本書の著者である中川政七さんに対して、(こう言うと烏滸がましいが)親近感を感じることができた。

冒頭は中川さんの生い立ちから始まるわけだが、京都大学法学部を卒業し、司法浪人を経て富士通に入社し、転職して家業である中川政七商店に転職をしたという。
「潰しがきくから」という理由で法学部を選んだのは自分と全く同じだし、サークルの代表をして、後継者選びがうまくいかずその後そのサークルがなくなってしまった、という点も同じだった。
富士通入社後は「どんな人とも無駄にぶつかることなく、わりと要領よく仕事をこなすほうだったので、怒られたり落ち込んだりした記憶がほとんどない」というところも、総じて似ているな、と感じた。
冒頭がこんな始まり方だったから、その後の内容がすっと入った気がする。(そもそも、文章自体も読みやすいのはあるかもしれないけど)

本の細かい内容は割愛するが、個人的にはp32にあるようにやはり「自分で事業を動かす実感」を持ちながら、「やればやるだけ手応えが感じられ」て、「成果次第でさらに大きな仕事を任せてもらえる」という環境は本当に魅力的だな、と思った。

新卒でコンサルティングという仕事をしていると、どこまでいっても「外様」の経験しかない。
経営や戦略コンサルティングだとまた違うのかもしれないが、業務系のコンサルティングだと特に、クライアントの動向を見ながら「いかに相手を動かすか」に注力する部分が大きいので、「やればやるほど手応えがある」わけでもないし、自分ができることに常に限界を感じている。
コンサルを突き詰めようと思うのであれば、やはり経営や戦略といったより上流で「やればやるほど・・・」を実感したいなという気持ちが増したし、いつかはコンサルという「外様」ではなく「会社や事業を自分で動かす、経営する側に回りたい」と思う気持ちが非常に強くなった。

「工芸」というややニッチな分野であっても経営は経営でやることは変わらないのだし、その意味では経営の普遍性みたいなものを感じることができたな、と思う。
本の中でいくつか印象的に残った言葉を挙げるとすれば、

「決められないのと、決めたのにやりきれないのが一番ダメだ」(38ページ)

「その時点ではできないこともあきらめず、忘れず、だからといってそればかりに拘泥するのではなく、その時々にすべきことをやって着実に前進し続けていると、いつか叶う日が来る。こういう粘り強さが経営には必要だと思う。」(63ページ)

「日々の業務に追われながら、他社の優れた事例を勉強してそこから本質を抽出し、自社の戦略ストーリーに組み込む。・・・この世の中に会社の経営ほど面白い仕事も、そうそうないのではないだろうか」(129ページ)


「戦略はまだ実行していないことを決めるのだから「仮説」である。仮説の良し悪しはロジックで決める以外にないのだ」(??ページ)←メモ忘れた

とても月並みなことを言うと、経営って乗り越えなきゃいけない修羅場がたくさんあって強靭な精神力と判断力が必要なのはわかっていつつも、やっぱり面白いのだろうな、と思う。
これからも経営者の本や経営に関する本は読み続けたいと思う。

自力で引越しをした話

先週末、引越しをした。自力で。
まあいけるでしょうと高を括っていたけど、普通に泣きそうになったしもう絶対やらない。
同じ悲惨な経験を誰かがしないように、そして備忘録として、書いてみる。

【引越しの経緯】
前の家の契約が今年の6月までだったので、良い物件はないか定期的に探していた。
たまたま近くを歩いている時に良さげな物件を発見し、HOMESで検索すると家賃も許容範囲だったので即不動産会社に電話。
その日のうちに内見を済ませた。
不動産会社のおっちゃんがとてもよくしてくれた(家具の配置を検討したい、と言ったら部屋の寸法とか全て測ってデータで送ってくれた)こともあって、3月頭に申し込みをした。

当初は4月上旬ごろの入居だったが、先に空いていた別の階の部屋のクリーニングと新しい我が部屋のクリーニングを同時にやられてしまい、3月の下旬というよりによって1年間で人が引越しをする日に家賃が発生することになった。

前の家の契約は3月いっぱいだったので待ってもよかったのだが、どうせ引越し代金もそんなに変わらないだろうし、どうせなら新しい家に早く住みたかったので、引越し業者に見積もりを出してみた。
すると「どんなに安くても6万円以上」であることがわかった。お、おそるべし繁忙期・・・。

というわけで、
極限までコスト削減をしたかったし、新しい家まで徒歩10分ぐらいの距離だし、そこまで物も多くないので、「自力で引越しをやる」という選択をしてしまったのである。

【準備】
引越しにあたってはかなり念入りに準備をした。
その際、「自分でやるからには徹底的にコストを抑える」ことをポリシーとして準備にあたった。

●トラックの手配
自力での引越しにはトラックが欠かせない。
普通免許だと軽トラックは運転ができるので、ニコニコレンタカーで軽トラックを借りた。(他の大手レンタカー会社だと軽トラックを取り扱っている店舗が少なかったため、本当に助かった。)
借りたのはスズキの「キャリイ」という軽トラックで、本当に普通の軽トラックだった。
トータルで5000円ぐらいだったと思う。本当に安くて助かった。

f:id:sawalot:20170329230531j:plain

ダンボール集め
ダンボールは個人で購入しようとすると50枚単位での購入しかできないところが多く、意外に値が貼る。
今回の引越しは「徹底的なコスト削減」がポリシーだったので、使ってすぐ捨てるダンボールにコストをかけるわけにはいかない。
というわけで近所の薬局に足繁く通い、大きめのダンボールを調達した。
特に重宝したのがパンパースなど紙おむつのダンボール。長方形で深さもちょうど良いダンボールは非常に使い勝手がよく、途中から「パンパースのダンボールとかあります?」と聞くほど。

大きめのダンボールを家に持って帰るのは結構な重労働だが、ある時かわいい女の子の店員さんが丁寧にビニール紐でダンボールを纏めてくれて、プラスチックの取手まで付けてくれた。
暇だったからなのかもしれないけど、彼女の親切心に泣けた。
物が少ないとはいえ、結局12〜3枚は調達したと思う。(全部タダだったけど)

●友人の手配
引越しは1人では絶対にできないので、気の置けない友人のスケジュール確保も非常に重要。
今回は大学からの親友に頼んだ。だが、俺の引越しは彼のスケジュールに大いに影響されることになる・・・(後述)

●台車の手配
台車があればダンボールや家電を運ぶのが非常に楽になる。
特に新居がマンションだったので、エレベーターを使えるのは本当に楽。
台車はレンタルも検討したが、意外に値が張ったのでアマゾンで購入した。
3500円ぐらいで本当に安かった。(ビニール臭くて部屋の中がビニール臭でいっぱいになったし、組み立ての際車輪がベタベタだった以外は何も問題がなかった)

アイリスプラザ 台車 スチール 150kg PH1504

アイリスプラザ 台車 スチール 150kg PH1504

 

●不用品の処分
自力での引越しのポイントは、とにかく物を減らすことに尽きる。
今回は、オーブントースター・キッチンのラック・小さめのホットプレート・ギター・空気清浄機などを粗大ゴミに出したり、ジモティーで近所の人に取りにきて貰ったりした。(1人暮らしのくせに色々持ちすぎなんだよな・・・)


【引越し当日】
手伝ってくれる彼から前日にLINEが。
「ごめん、俺明日休日出勤になった。朝イチでやろうぜ。」・・・というわけで、早速予定が狂った。
11時ぐらいから開始する予定が、彼の仕事を考慮して6:30スタートに。
ニコニコレンタカーが24時間営業で本当によかった。

出てきたばかりの日光を浴びながら、引越しスタート。
軽トラックは思ったよりも運転しやすかった。東京のど真ん中で軽トラを運転している自分は、客観的にみてかなりシュールだった。

彼の仕事の時間もあるので、とりあえず重いものから順番に運んでいくことに。
まずはベッド。こいつが一番重くてデカイので難しかった。
前の家は狭い階段のみのアパートで、体勢やベッドの向きを何度も変えながらなんとかトラックまで運び出すことができた。
トラックの荷台は意外に小さくて、ベッドを置いたらほぼ埋まってしまったので、ダンボールを数個詰めて新居へ。

しかしまあ、相当埃が溜まっていて、部屋に入るもの憚られた。
そして、友人に本当に申し訳ないという気持ちがいっぱい。

マンションの近くに停車してベッドを運び入れていると、停車場所前にある店のおっちゃんからこっぴどく叱られる。どうしようかなとあたふたしていたら、たまたまマンションの清掃のおばちゃんと遭遇。
おばちゃんに誘導してもらい、マンションの駐車場を使わせてもらえるようになった。
グッジョブおばちゃん。

うるさいおばちゃんだったけど、おばちゃんいなかったら多分警察呼ばれていた。

ベッドを無事運び入れ、2往復目。
今度は冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなど大きい家電類が中心。洗濯機は相当重さがあり、腰を痛めながらもなんとか運び出した。
2往復目でも全然家のものはなくならず、3往復目が確定。

また新居へ向かい、すべての物を運び入れ3往復目へ。
この時点で9:00を過ぎ、友人が仕事へ行ってしまったため完全に単独作業の様相を呈してくる。
かなり心折れそうになり、ああもうつらい死にたいくそがと一人暴言を吐いていた。

3往復目本棚を甘く見ていたが、この本棚がかなり重く一人で運び出すのに相当苦戦した。
正直本当に泣きそうになったが、なんとか運び出すことに成功した。

ただ、逆に本棚以外はダンボール数個やローテーブル、座椅子、扇風機、ファンヒーターなど一人で運べるものが多く、軽快に階段を登り下りした。
そしてほとんどのものを半ば強引に積み終え、三度新居へ。
全てのものを速やかに運び入れ、軽トラックを返却した。

【引越し後】
全て自分でやったため、片付けは相当早く終わった。
ただ、洗濯機の取り付けなどは慣れずまだ自信がなくて使っていない。
洗濯機は、排水ホースについている先っちょの部分(「エルボ」というらしい)を持って行ってしまい、前の家の不動産会社に「後から送ってくれ」と言われてしまった。

【総括】
やはり、プロがやるべきところはプロにやってもらうことに尽きる。
いくらコストを抑えられるとはいえ、自力でできるとはいえ、それ以上に払った代償は大きかった。
(4日経った今でも疲労感が抜けないし、肩こりがひどい)

引越しの前日は不安で眠れなかったし、運ぶ時の配慮や友人への気遣い、トラックの駐停車への心配など精神的なストレスも大きかった。

そもそも、3月下旬という繁忙期に無理に引越しをする事情もなかったにもかかわらず、引越しを決行しようとしたのが何よりの痛恨のミスだったと思う。
あと1週間遅ければ2〜3万違っていたはず。もったいなかった。

きつかったが、自分自身色々と勉強にはなった。
頭を使いながら物を運んでいくのは楽しかったし、単純に体を動かすのは気持ちよかった。
とはいえ、トラックの駐停車に気を遣うという意味では運送業者は相当大変だと思ったし、久々の肉体労働は相当つらいもんだなと思った。
職業に貴賎はないと思うが、本当にそうだな、仕事というものは尊いな、とわけのわからないことも思ってみたりした。

結論、、、引越しは業者に頼みましょう。

モチベーション

どうせ誰も見ていないので、備忘録として書こうと思う。
(ブログって、後から見返して「あの時ああいう風に感じてたな〜」と過去に浸ることに価値があると思うので。)

 

水曜日はノー残業デーだ。昨今の働き方改革の一環で、お客さんの管理部も労働時間の管理に非常に煩い。

水曜日に残業をしたら別日に振り返る必要があり、色々と面倒なので水曜はなるべく早く仕事を終わらせ、夜の時間を充実させることに徹している。

 

ところで、新年明けて約2週間とちょっと、正直仕事に対するモチベーションの低下が著しい。

 

今のプロジェクト(とはいえ、定義を厳密に突き詰めれば「プロジェクト」ではないが)にアサインされて1年が過ぎ、「あと少なくとも半年もここにいるのか・・・」と思うと先が思いやられている。

去年の1月に比べて、できるようになったこと、先輩やお客さんとの関係、自分のスタンス含め全て大きく変わったと思うけど(そりゃそうだ)、正直マンネリ化しているのだと思う。

転職を含め将来のビジョンを考えた時に「今自分がやっていることがどこにどう繋がっているのか」が見えないのも原因の1つだと思う。

 

そして「業務支援」という形でのプロジェクトなので、明確なスコープ(自分がやるべき業務の線引き)が曖昧で、「果たして自分はどこまで関わるべきなのか?」を自分でも判断できていない。

仕事はある程度まで自分でコントロールできるが、何をするにもお客さんの許可がいるし、お客さんに動いてもらえないと自分では動けない。

このあたりの「身動きの取り辛さ」が正直結構きついのかもしれない。

 

昨日、毎週定例会議をしてくれている1個上の先輩(毎週悩み相談をしたりしているので、もはやメンターだ)とも話をしていたけど、「「仕事に慣れたこと」はもちろん「単調な生活」に飽き飽きしているんじゃない?」という指摘を貰った。

それは確かに的を得ていて、東京とここを行き来する生活が正直疲れてきてしまっている。新幹線で金曜の夜に東京へ、日曜の夜にこちらへ、という生活はプライベートも制約されるし、体力的にも精神的にもきつい。

だからこそ、新しいコミュニティや新しい取り組みに積極的にチャレンジしていかないといけないのかもしれないけど。

(とはいえ今は「転職活動」という大きな野望があるので、足元ではしっかり対策をやりつつ、余裕を見て色々やっていきたいと思う)

 

「自分のやっている仕事を純粋に楽しめなくなってきたら終わりだな」とつくづく思う。やるべきことをやる、ということは大事だけど、もっと自分の気持ちに正直になっていいと思う。

こういう思いや気持ち、もやもやを正直に先輩や部長に伝えないと後悔すると思う。

 

今日仕事中、一瞬「転職活動」をしている自分について考えた。

何のためにやっているんだろうか、と。

自分のキャリアややりたいことの軸に今の会社がないから、転職しようとしているのか。

それとも、ここを早く出たいがために、今の状況を変えたいがために、東京に帰りたいがために、「会社を変える」という手段を使おうとしているのか。

 

多分、どっちもだと思う。

他のプロジェクトに行っても先はなんとなく見えていて。

アサインされたメンバーに業務や知識が属人化されてしまって、なかなか抜け出せないという悪循環は、他のプロジェクトでも慢性化している(特に同期の話を聞いていても、それは実感する)

 

自分はもっと広く、色々な人と仕事をしたい。
「終わりのある仕事」、つまりプロジェクトワークがしたい。

この思いはずっと変わらないし、多分原点な気もする。

 

しばらくはモヤモヤし続けるんだろうな。

そして、きっと転職活動もなかなかうまくいかないんだろうな。正直自信はない。

でも、自分の人生を変えるのは自分自身だし、努力あるのみ。

 

うーん、まとまらない文章だけど・・・まあいいか。笑

macbookを購入

元から買う気満々だったのもあるけれど、待っていたのもあるけれど、
それでもやっぱり16万のものを買うのは気が引けた。元から買う気満々だったのもあるけれど、待っていたのもあるけれど、
それでもやっぱり16万のものを買うのは気が引けた。というわけで、昨日出たばかりのmacbook pro (13 inch Touch barなし)を購入しました。

元々「いつ新しいair出るかな〜」と1年ばかり心待ちにしていたのに、
金曜日の朝起きてMacの新作発表会の速報を見たら、airではなくproの新作で正直がっかりした。

「もうMacじゃなくていいかな」とも思ったけど、
今日の朝改めてビックカメラに行って実機を触ってみた。

Airと同じような薄さ・大きさかつ高性能、Retinaというところに惹かれ、
迷いに迷って一度スルー。(店員さんが「えっまじっすか!?」って顔してた)

元から買う気満々だったのもあるけれど、待っていたのもあるけれど、
それでもやっぱり16万のものを買うのは気が引けた。

そもそも会社ではWindowsを使っているし(社用PCを貸与されていて、ほとんど私物化しているものあり)、不要かな〜と思ったりもした。

その後いろいろと予定がありながらも、上の空でずっと「どうしようかなあ今日買うべきかなあ今日じゃなくてもいいかなあ」と頭の中で堂々巡りをし、

高校の友人(そいつは今日の朝購入済み)にLINEで相談しまくり、最終的に夜遅くに再びビックカメラに行って、在庫最後の一台をゲット。

ビックカメラのアップル担当の兄ちゃんがすごく話しやすくて、親切で好印象だった。

16万とかいうこれまでの人生で間違いなく最大の買い物ではあったけど、最後は決断した。

彼がいなかったら、最後の最後までまた悩んでしまったと思う。

というわけで、5年半使った先代Macbookとはおさらばし(今後はデータストレージ用として、老体にムチ打って活躍していただく予定)、しばしMacbook proちゃんと生きていこうと思います。

遊ぶこと。

先週の土日は久々に遊び倒した。
遊びすぎて、いつもの自分らしさを忘れてしまい、昨日はなぜか放心状態になってしまった自分がいた。

土曜日は小学校時代の幼なじみと、ほぼ12年ぶりぐらいに再開した。
ヤツは小学校時代とても悪ガキで、優等生タイプだった自分とは本当に正反対なヤツだったけど、アメリカの大学に進学し、すっかり大人になっていた。

12年ぶりでも話が尽きることはなく、ひたすら喋り倒していた。
小学校時代同じ野球チームにいて、家族ぐるみの付き合いがあったから、お互いの複雑な家族事情まで熟知していたこともあり、久々の再開でも気兼ねすることがなかった。

たまたまそいつの誕生日が次の日で、
アメリカの大学のルームメイト達と飲む予定だったらしく、誘われた。

最近、今まで付き合いのなかった人たちと絡むことが多くて楽しい。

1人のアメリカ人を除いて皆日本人だったけど、留学していたこともありノリが軽く、見ず知らずの自分を快く歓迎してくれた。
そして何より、幼なじみの誕生日だから、とこれだけの人が集まってくれて、「こいつの友達だから」とおれを歓迎してくれて、そいつはとても幸せそうだったし羨ましかった。

そんなノリだったから、そのあとは六本木のクラブに行き踊り明かした。
昔外国では行ったことがあったけど、日本のクラブは初めてだった。
クロークがなく、コインロッカーだったのがいかにも日本らしいな・・・と思った。笑

疲れて飽きて、皆散り散りになって、そのまま結局幼なじみが家に来た。
晩飯を食うときにあれだけ話したのにまだ話し足りず、家族の話になって、こんな話をできるヤツ周りにいなかったこともあり、男のくせに泣いてしまった。
でも、嬉しかった。そういうヤツが近くにいる嬉しさ。

ヤツは友達から呼び出しをくらい、そのまま帰っていった。
本当に俺と正反対なヤツだ。羨ましい。笑

 

日曜の夜は、彼女と会った。
今回は、彼女の親友が俺に会いたい、ということでやってきた。

彼女と一緒にいる時に、彼女以外の知り合いと一緒だったのが初めてだったので、とても不思議な気分だった。

賑やかで、彼女ととても気が合いそうな、良い人だった。
彼女は嵐のように来て、去って行ったが、今度は幼なじみがおれんちに忘れた荷物を取りにやってきた。

彼女を紹介して、そのままおれが予約していた店で3人で飲むことに。

がんがん押しまくる幼なじみに、彼女はちょっと戸惑っていたけど、とても楽しんでいた。

いつもと違う彼女を見られて嬉しかったと同時に、少し寂しくもなった。
ちょっとだけ、幼なじみに嫉妬した自分がいて自己嫌悪に陥った。笑
でも彼女が本当に何を求めているのか、自分には何が足りないのか、わかった気がした。

幼なじみが帰った後、彼女の親友がまたやってきた。
おれも電車の時間があるので、2人を残して帰った。
いつもと違う雰囲気で楽しかった反面、彼女と2人でいれない寂しさもあった。

2人以外でいるからこそ、より彼女のことを理解できるし、より好きになった気がする。そんなもんなのかな。

そんなことをひたすら考えて、自分がこれまで彼女に何をして、何をできていなかったかを考えて反省をしていたら、なぜか涙が止まらなくなり、月曜の仕事帰りは寝て過ごした。

そんな激動の2日間。本当にいろいろありすぎて、頭の整理が追いついていなかったけど、こんな日もありだな。

 

なにこのポエム。深夜のノリですね、完全に・・・笑

励ますこと

落ち込んだ人を励ますってとても難しい。

例えば、日々の仕事の中で失敗して落ち込んだ後輩を励ますならまだ楽だ。
「また次頑張って挽回しろよ」と言えばいいから。


ただ、自分の夢に向かって努力している人が、
その夢を実現するための節目で失敗をしたり、挫折をして落ち込んだときどうやって励ますか。これが難しい。(決して後輩の失敗とかを蔑ろにしているつもりはないので、あしからず。)

特にそれが、自分にとって大事な人ならなおさらで。
そしてそして、対面ではなく画面上でそれを報告されたときはなおさらで。

本人から直接聞くことはあまりなかったけれどきっととても努力していたのだし、
ずっと前から追いかけていた夢だったはずで、相当落ち込んでいたように思う。

なんて声を掛けてあげるべきか、かなり迷った。
昨日の深夜に連絡を貰ったのに、今日の昼まで返信できなかったぐらいには迷った。

「おつかれ!」と言うべきか。
「まだ終わったわけじゃないよ、次もあるさ頑張れ」と言うべきか。

でも散々迷った挙句、ひねり出した言葉は「残念だったね。うまい飯でも食べに行こう!」だった。

今の俺には正直そのぐらいしか言えなかった。

対面だったらもっと色々言い尽くせたかもしれないけれど、画面上で返す言葉に力なんてなかった。
なら電話しろよ、って言われるかもしれないけれど、放っておいてほしいかもしれないし、いざ電話しても何を話すのか自分でもわからないし、結局画面上で済ませてしまった。

送信ボタンを押したあと、自分の無力さに死にたくなったけれど、
そんなことも考えられないぐらい今日は仕事が忙しくて助かった。

どうやったら、落ち込んでいる人を元気にできるだろうか。
なんて声を掛けてあげるべきだったのだろうか。
未だにわからない。

帰りの電車で、先輩と伊調馨国民栄誉賞の話になり、必然的に金メダルを逃した吉田沙保里の話題になった。

金メダルを逃したといえど立派な銀メダルで、十分な賞賛に値するけれど、伊調と共に4連覇がかかった節目のリオで金を取れなかった、という吉田の思いは計り知れない。
彼女は周囲からのプレッシャー、期待があった分相当辛かっただろうなというのは、謝罪の言葉を繰り返していた姿から簡単に想像がつく。

「そんな時、周囲の人はどう声を掛けてあげるべきなのだろうね」と先輩が言った。
ちょうど上の件があった矢先だったから、とてもタイムリーな話題だった。

その先輩は「自分だったら何も声掛けてほしくないかな。頑張ったね、とかお疲れ様、とか言われても何も響かないかな」と呟いた。

一瞬、ドキッとした俺は「”おいしいごはんでも食べに行こう”とかどうですかね」と、昼に送信した言葉を投げかけてみると、

「どうだろうね。会いたくないかもしれない。でもごはん食べにいくぐらいがちょうどいいのかもね」と先輩。

そんなとりとめもない、しょうもない会話だったけれど、なんだかちょっと救われた気がした。
別に先輩のために送った言葉ではないのだけど。
もちろん相手によって捉え方はきっと違うから「余計なお世話だ」ってあしらわれることもあるだろうけど。
人の心はわからない。家族でも、友人でも、恋人でも・・・

人を元気にさせるって難しいね。
でもとにかく、なるべく相手の心情を想像して、寄り添ってあげることが一番なのかな。
で、おいしいものでも食べながら愚痴ってもらって、身も心も豊かになってもらう。
そんな理想論。

 

ps.

ちなみに、吉田沙保里のお母さんはこういう風に励ましていた。

www.nikkansports.com

母だから言えることももちろんあるのだろうけど。
家族っていいね(違)

以上。